相続放棄手続きのご依頼者から、相続放棄申述受理通知書が届いたとのご連絡。一旦は弁護士に依頼したものの、多分受理されないだろうと言われていたとのこと。結局、そちらへの依頼は取りやめることにし、当事務所で書類を作成することになり。

多分大丈夫だろうとは思っていたものの、多少の不安もあったというのが正直なところ。今回の手続きをおこなったのは、市役所から固定資産税の納税通知書が届いたのがきっかけ。内容は、被相続人名義の不動産について、代表相続人が固定資産税の滞納しているので、相続人の1人である依頼者に請求が来たとのこと。

依頼者としては、不動産は兄の名義になっていると考えていた。遺産分割協議はおこなっていないので、名義が変わっているとすれば生前贈与によるか、または遺言相続によるというような事情があるはずだか、その辺のことは深く考えていなかったとのこと。

現実問題として、家の跡取りである長男が承継するのだから、結婚して家を出た自分は関係ないと思っていたというようなケースは決して珍しくない。それが、固定資産税の納税通知書が届いたことにより、不動産の名義が被相続人のままになっているのが判明したわけだ。

代表相続人である兄は、電話をしても出ないような状況であり、事情を聞くことも出来ない。その不動産にはたぶん住んでいるのだろうから、現地に出向けば会うことは出来るのかもしれないが、そもそもあまり関係が良くないのでわざわざ会いに行くのは避けたい。

そんな状況であるから、依頼者としては自らの相続分があるとしても、兄が居住しており固定資産税の滞納もある不動産を相続するつもりは全く無い。そこで、相続放棄をしようと思ったわけだが、今回判明したのは被相続人名義の不動産の存在のみ。固定資産税は相続開始後の滞納だから相続財産ではない。

相続開始から相当の期間が経過しているので、今になってほかの債務が発覚する可能性があるとも思えない。したがって、債務超過である恐れはほぼなく、被相続人の財産は不動産のみであると考えられる。果たしてこのようなケースで相続放棄が認められるのか。

熟慮期間の始期について判断した昭和59年の最高裁判決では、特別な事情があるときには「熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時」から起算するとしている。「相続財産」の全部または一部としており、マイナスの財産とは言っていないので、不動産の存在を認識したときからでも可能なようにも思える。

しかし、上記の判例は3ヶ月経過後に多額の連帯保証債務が発覚した事例についての判断である。

今回の事例で考えてみると、相続開始後に相続財産の内容を把握していたとしても、3ヶ月以内に相続放棄の手続きをすることは無かったと思われる。つまり、遺産分割協議に協力すれば済む話なのであり、積極的に相続放棄をしようと考えることは無かったであろうということ。

それでも、結果としては相続放棄の申述は受理された。これは「相続財産の全部又は一部の存在」に言う、相続財産はプラスマイナスを問わないと考えて良いのか、もしくは、あくまでも消極財産であるのを前提にして、その相続財産が「不仲の兄弟が居住する固定資産税を滞納中の不動産」であることから、申述人にとっては消極財産と同じく考えるべきだと判断されたのだろうか。

この辺りの判断理由は不明だが、このようなケースで相続放棄申述が受理されたのに対し市が異議を唱えることは無いので、後になってこの相続放棄の効力が争われることも無いはずだから、これにて一件落着ということになる。

依頼者に落ち度があったとも思えないし、心情的にも相続放棄が受理されるべき事例であったとは考えている。しかしながら、3ヶ月経過後の相続放棄が受理されるか否かについては明確な基準は存在しないので、不安が残るのも事実。

それでも、これまでの経験では相続財産の処分により明らかに単純承認したものとみなされるような場合を除いては、相続放棄したいとの意思がある場合には、かなり幅広いケースにおいて相続放棄の申述が受理されているとの印象。よって、あまり限定的に考えて、却下される可能性を不安視する必要は無いと考える。

余談だが、今回のご依頼に当たっては、最初に依頼したところで作成して貰ったという文書を参考に見せてもらったところ、事実を説明するだけでなく、受理して貰えるよう懇願するような記述が多かった。懇願すれば受理されるのであればいくらでも懇願すれば良いが、家庭裁判所での審理にあたってはあまり意味がないように思うのだがどうなのだろう。

自信が無いとついそのような書き方になってしまうのだろうが、少なくとも私自身はそのような書き方をしたことは無いし、それでちゃんと受理されている。もしかしたら、何だか素っ気なくて感じ悪いと裁判所では思われているのかもしれないが。