当事務所では相続放棄の手続きを数多く取り扱っている。過去3年間の記録を見ると少ない年でも50件程度の申立てをしているので、零細司法書士事務所にしては非常に多い部類であろうと考えている(なお、50件というのはあくまでも申立件数であり、1人の被相続人の相続に関して複数の申立てをすることも多いので念のため)。

このように相続放棄の取扱件数が多いのは、当事務所のウェブサイトをご覧になっての問合せが多いからなのであるが、お問い合わせの中には他の司法書士や弁護士に相談したら今からの相続放棄は無理だと言われたというものも多い。そこでくわしく話を伺うと、全く問題なく相続放棄が受理されるであろうものが多数存在するのが実際のところ。

何でそのような回答をしてしまうのかといえば、どのような場合に3ヶ月経過後の相続放棄が受理されるかについての知識がないこと。そして、受理されるかもしれないけれど微妙だと思った場合に、経験がないからつい逃げ腰になってしまうことなどがあるのだろう。

相続放棄ができる期間についての、最も重要な判断を示した昭和59年最高裁判決では、次の3つの全てに当てはまる場合にのみ、相続人が相続財産の全部または一部の存在を認識した時から熟慮期間が開始するとされている。

  1. 被相続人に相続財産が全く存在しないと信じていた。
  2. 被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて、相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情がある。
  3. 相続人において、相続財産が全くないと信じたことについて相当な理由がある。

この判例については、相続手続きを取り扱っている司法書士や弁護士であれば誰もが知っているはずだろう。

しかし、上記の要件を厳格に捉えると3ヶ月経過後の相続放棄が認められるケースは極めて少ないことになる。「被相続人に相続財産が全く存在しないと信じていた」というのをそのまま解釈すれば、預金が少しでもあったのを知っていたら駄目だということにもなるだろう。

実際にも過去の裁判例などでは、この要件を厳格に解釈して相続放棄申述を却下しているものも見かけるが、今の家庭裁判所における実務においてはもっと緩やかな取扱いがおこなわれている。

たとえば、被相続人が不動産を所有していたのを知っていたとしても、その不動産は他の相続人が当然に承継する者と考えていたようなケースでは、後に債務が発覚した場合にはそのときから3ヶ月以内であれば全く問題なく相続放棄が受理されるのが通常だと考えられる。

仮に遺産分割協議をおこなっていたとしても、自らが財産を取得するものとしていたような場合を除けば、相続放棄が受理される可能性が高いと判断して差し支えないだろう。家庭裁判所の実務においては、「相続放棄は、実質的な要件を欠いていることが明白である場合に限り申述を却下する」との取扱いがなされていることからもそのような判断が可能である。

実際に私が取り扱ったケースにおいても、相続財産の存在を知っていた場合であっても、自分は財産を相続していないというケースであれば、相続放棄が受理されるかどうかについてはあまり心配する必要はないと考えている。

もっと判断に困るようなケースについても数多く申立てをおこなってきたが、ほぼ絶対に無理だろうと思いながらも依頼者の希望で申立てをしたケースを除いては、かなり微妙だと思われる場合であっても受理されている。

家庭裁判所としてはできるだけ受理し、その効力を争おうとする場合については別に民事訴訟などによれば良いとの考えなのだろう。

法律専門家とはいっても経験の無いものについては躊躇してしまうものだ。相続放棄についても最高裁判例などを一見して、無理そうだから断ってしまおうという判断に傾くのも仕方のないところかもしれない。

それでも、その後に当事務所など相続放棄を多数取り扱っているところに巡り会えれば良いが、多くの場合は1度駄目だと言われたらそこで諦めてしまっているのだろう。

できるだけ多くの方にご覧いただけるようウェブサイトの作成などに励んでいくしかないが、相続放棄については商売っ気全開のサイトも多くなかなか太刀打ちできない。そして、普通はできない相続放棄が、自分のとこなら可能になるかのような記述をしているケースもあるのが気になるところ。