このブログでは、少し前に「定款認証がスマホで出来るように」なんて記事を書いたばかりなのだけれど、事務所公式ブログに投稿しようと思って書いていた記事が、ちょっとその水準に達しないものになってしまったので、このブログに投稿することにする。

よって、以下は普段と文体が異なっております。

2018年5月11日付の日経新聞に「会社登記最短1日に スマホで定款審査、起業しやすく」との記事が出て以来、同紙上には連日のように会社設立関連の記事が掲載されています。

会社登記最短1日に スマホで定款審査、起業しやすく(2018/5/11)
政府は2018年度から株式会社の目的などを記す定款をスマートフォン(スマホ)で認証できるようにする。いまは定款の認証には、公証役場に出向く必要があるが、手続きを簡便にして起業しやすくする狙い。法務局での登記が終了するまでの時間も、現在の原則10日間から将来的に最短で約24時間に短縮する。

司法書士である私は、いわゆる既得権にしがみつこうとしている側の人間なのでしょうから、このような変革によって自分の仕事が奪われかねないとして闇雲に批判していると思われても仕方ありません。

けれども、「定款認証が簡単になり、会社設立登記が1日で完了するから、起業が簡単になる」との論調には首をかしげざるを得ません。

私が司法書士になってからの10数年間の間でも、会社設立をするためのハードルは大きく下がっています。会社設立の際の資本金の制限(株式会社1,000万円、有限会社300万円)が撤廃され、銀行から資本金の払込金保管証明書を交付してもらう必要が無くなり、さらに役員(取締役)1名のみで会社が設立できるようになっています。

もう十分に簡単だと思いますし、実際にも安易に会社を設立したのは良いけど、まともに事業をおこなうこともなしに放置しているような例も多いように感じます。更に簡単になって、24時間いつでもスマホで会社設立が出来るなんてことになったら、夜中に思いつきで会社設立をするなんて人も出てくるでしょう。

若い人にはどんどん安易に起業して貰って、「その中のごく一部であっても成功する人が出て来ればいい」というような考えならばそれでも良いのでしょうが。

法人設立手続き、ネットで一括 起業を後押し(2018/5/13)
法人設立に必要な手続きが簡素化され、起業までの期間が大幅に短縮されそうだ。政府は2018年度から定款をスマートフォン(スマホ)で認証できるようにし、19年度にも複数の手続きをインターネットで一括申請できるシステムを導入する。国際的にみても非効率とされる仕組みを見直し、ベンチャー企業の育成などを後押しする。

この記事のまとめには次のように書かれています『日本の株式会社の設立は年間約9万5千件(16年)。手続きの簡素化が実際の起業拡大につながれば、産業界の“新陳代謝”が進み、日本経済の底上げへの効果も大きくなりそうだ。』

本当にそうならば、起業に失敗して借金まみれになる人も激増しそうですが、日本では事業に失敗して自己破産でもしてしまえば再び挑戦するのは難しい国だといわれています。

たしかに、いろいろと新陳代謝は進みそうですが、弱者にはより厳しい社会となっていくような気がして仕方ありません。今の日本の社会では自己責任論が幅をきかせていますから、安易に起業して失敗して自己破産してもそれは自己責任ということでしょうか。

ごく一握りの成功者は簡単に会社設立ができてどんどん成功していく。それを真似しようとして簡単に会社を設立してしまった人たちはやはり負け組のままというわけです。そうでもしないと、日本経済は駄目になっていく一方だというのは事実かも知れません。しかし、自ら起業して事業を営んでいくには、ある程度の能力が必要であるのは間違いありません。

以前の方が良かったとまではいいませんが、株式会社を設立するには1000万円の資本金を用意しなければならず、取締役3名と監査役1名を置かなければならないとなれば、周囲の協力を得たり助言を受ける機会もあるでしょうし、安易に思いつきで会社設立をするなんてことはなかなか起きなかったわけです。

「1円起業に5万円」の謎 公証人手数料撤廃議論も頓挫 官邸主導、法曹界には及ばず(2018/5/18)
「一円起業、5万円也(なり)」。起業の手続きに必要なこんな手数料について、廃止を訴える内閣官房と必要と主張する法務省が昨秋から対立してきた。結果は存続で固まり、法務省に軍配。首相官邸の人事権を背景に各省を動かす手法が、法曹界を後ろ盾にする法務省には通用しなかった。

定款認証に約5万円がかかるのは確かに高いようにも思います。とくに司法書士が定款作成をおこなっている場合、公証人は簡単なチェックをしているだけでしょうから余計にそう感じてしまいます。

これが司法書士などの専門家が関与することなしに、起業しようとする人が公証役場に直接連絡してスマホで定款認証できるなんてことになったら、公証役場の手間は激増するでしょうから5万円かかっても良いような気もしますが。

この流れでいくと定款なんて何だって良いんだから、スマホ経由で無料でできるようにするべきだなんて話になりそうです。しかし、そんなふうにしてできた会社が激増したら、法人であるだけで一定の信頼性があるとみなされている、現在の商慣行も見直しが必要になるようにも思います。

ところで、公証人の手数料5万円が高いとして、株式会社設立には最低15万円の登録免許税がかかりますが、こちらはそのままで問題ないのでしょうか?そんなにいっぱい会社設立をして欲しいなら登録免許税も大幅に引き下げるか、いっそ設立の際は登録免許税がかからないものとしても良いんじゃないでしょうか。