この記事は、相続人自身の作成による「相続分放棄証書」を添付し、相続登記の申請をおこなったときについてのお話です。

今回のケースでは現実に登記申請をおこない無事に完了しておりますが、調停手続中に相続分の放棄をする場合を除き、相続登記の際に相続分放棄証書というような表題の書面を利用するのは一般的でありません

相続手続に関わりたくないと考える場合には、家庭裁判所で相続放棄の手続をするのが通常です(但し、相続人が一人っ子である場合などは後順位相続人の存在に注意)。相続人自身が相続分放棄証書を作成し、他の相続人に交付したとしても、被相続人の債務を承継してしまう恐れがあります。

以下は、当事務所の司法書士にご相談くださる前に、既に相続人の1人が「相続分放棄証書」を他の相続人に交付済みであり、今後の手続きにご協力いただくのが困難であった場合のお話しです。

ご自身が相続人である場合の相続手続については、司法書士や弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。


依頼者が持参した「相続分放棄証書」を添付しての相続登記を申請し無事に完了した。

相続分の放棄は、遺産分割調停の手続中に、自己の相続分を放棄し手続から抜けたい場合におこなわれるが、今回は調停手続中ではなく、相続人自身が作成した「相続分放棄証書」により登記手続をしたものである。

この「相続分放棄証書」には、「私は、本日、下記相続人の相続について、自己の相続分全部を放棄します。私の相続分は、他の相続人で、相続分に応じて取得してください」というようなことが書かれている。

遺産分割前におこなわれる「相続分の譲渡」については、複数の書籍等に記載があるが、上記のような「相続分放棄証書」に関しての情報はなかなか見つからない。

それでも、この書面により自らの相続分を他の相続人に帰属させようとの意思は明らかになる。そして、被相続人の表示も正しく記載し、署名および実印による押印もあるので、これで問題なく相続登記ができるだろうと思いつつも、絶対に大丈夫だとの確証がない。

近年はGoogleで検索すれば、登記実務に関する情報もだいたい出てくるものだが、「相続分放棄証書 相続登記」などのキーワード検索では、そのものズバリの情報は見当たらない。少し悩みつつ、たぶん大丈夫だろうけど、駄目な場合はこちらで用意する書類に再度署名押印をして貰う必要がある旨を、依頼者に伝えたうえで登記申請をおこなった。

結果的には、この相続分放棄証書(印鑑証明書付)と、他の相続人による遺産分割協議書を添付して問題なく相続登記は完了した。

ところで、先に書いたとおり、この相続分放棄証書には「私の相続分は、他の相続人で、相続分に応じて取得してください」というように書かれているのだが、この解釈についても少し悩まされた。「相続分に応じて取得する」となると、1人の相続人が単独で不動産を取得できるのかという疑問だ。

こちらについても、放棄した人の相続分が、「他の相続人に対して、その相続分に応じて割り当てられるだけであり、その後の遺産分割をおこなうのは自由である」と考えることにした。

今回は問題なく登記手続きが完了したからよいが、依頼者が事前に作成していた遺産分割協議書やその他の書類を持参した場合、これで大丈夫なのかと頭を悩ませることが多い。

最初から相談してくれれば、書類作成も任せてくれるようお伝えするし、どうしても自分で作るというなら署名押印する前に見せて貰うようにする。しかし、既に作成しある書類を持参して、これで登記をしてくれと言われるケースも決して珍しくない。

明らかに間違っている書類であれば、それでは登記ができないと断言してしまえばよいのだが、今回のように「たぶん大丈夫だろうけど確信が持てない」ようなケースが問題。

なんとか、「司法書士に相続登記を依頼するときは、書類作成もすべて司法書士にまかせるべき」との考えを、一般の方に浸透させるようにしてまいりましょう。

それから、今回は無事に登記が完了したからよいものの、いつでもこれで問題無いのかは分からないし、最初から自分自身が相談を受けていれば、このような書面による手続はおこなわなかったはず。よって、相続分放棄証書による手続を推奨する意図はないので誤解のないようにしていただきたい。